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世界の歴史17 ヨーロッパ近世の開花
 エラスムスがルターと決裂したのは「自由意思」の扱いで対立したから/宗教改革と対抗宗教改革は民衆の識字率の向上と道徳化を進めた/ヘンリ7世は冷たくケチで有名だった/価格革命によりポーランドは穀物ブームに/グダンスクからいかだで穀物を運び,後で解体して木材として売り出す/ポーランドの新教化はイエズス会が止めた/一時期ドナウ帝国の収入の三分の一がボヘミアからだった/16世紀ボヘミアの特産品は鯉とビール/アナスタシア妃の死,オプリーチニキ/イヴァン4世により中央集権化は進んだが国土は混乱の極みに/聖ウァシリー教会の伝説/スペインが帝国たるゆえんはイスラーム帝国(オスマン帝国)の敵役となったから/カルロス1世「ペンとインクをもて」,フェリペ2世も書類マニアといわれるほどのワーカホリック/カスティーリャの大学16世紀のあいだに11→33/修道院解散でヘンリ8世が手に入れたのは国土の20%(後で売り出したが)/スコットランドも宗教改革を進めており,イギリス宗教改革の最大の成果はブリテン統合にある/アコスタ「たとえどれほど文明化していようと,改めるべきところのない民族はいない。同じように,どれほど野蛮な民族であろうと,よいところが全然ない民族というものはいない」/輸送船団のスケジュール調整,自然由来の動力源,採掘と運搬のための人力・リャマ・ロバ…などスペインの組織力と運営能力がなければ新大陸開発は無理→イギリスはせいぜい海賊を送り込むだけ/フェリペが来ると「部屋の空気がはりつめる」といわれた/クロムウェルこそがブリテン島統合を進めた/三十年戦争はスペインとオランダの戦いでもあった/三十年戦争でスウェーデンが強大国として台頭/ピレネー条約でスペイン帝国の没落とフランスの優位が決定的に/ユグノー戦争→事態を収拾できる強力な王権の台頭が期待される/リシュリュー→マザラン→コルベールは師弟関係/「現世をさげすめ,人生は善き死への準備」/マザランのメセナぶり(p291)→ルイ14世のメセナ重視に/宮廷は文明化のモデル/モスクワの南は穀倉地帯だったがタタールが出没/ステンカ=ラージンの「魅惑の書」/ポーランドの「穀物ブーム」衰退はジャガイモやトウモロコシの定着も一因/ポーランドが没落したのはスウェーデン(北方戦争中も)とロシアの攻撃によるところも大きい/当時は身分制議会を廃止し国王による効率的な統治こそが「進歩」/フェルディナント2世はイエズス会から教育された/第二次ウィーン包囲の失敗はマリア=テレジアより少し前くらい/近世ヨーロッパの三大難民(南ネーデルラント→北ネーデルラント/スペインからのユダヤ人追放/フランスからのユグノー脱出)/オランダの繁栄の秘訣はバルト海などを使ったヨーロッパ貿易に世界貿易を加えたところ/デカルトやロックもオランダへ/ヴォルテールはすごい亡命している/リンスホーテン/イギリスはフランス式庭園を嫌って中国風を意識/ピョートル大帝は子どもの頃「戦争ごっこ」とオランダ人から教えられた「航海」が好きだった/ピョートルのオランダでの振る舞い/東ヨーロッパ諸国が絶対王政を進める理由のひとつはスウェーデン/カール12世は北方戦争でロシアを破るがポーランドを優先してしまった/ピョートルは北方戦争後も軍隊を維持/ピョートルは国内でおそらく人気がなかった/カフェ・プロコープ/フィロゾーフの多くは「理神論者」/18世紀のフランスは「豊かな経済に貧しい財政」,末には経済もおかしく/フランスでは大学に代わって各種アカデミーが台頭/ポンパドゥール夫人「私が支配する時代」/体育や軍隊の行進はプロイセン発祥/フリードリヒ大王は父に親友を殺された後皇帝になるまでに『反マキァヴェリ論』をかく/エカチェリーナ2世の夫が殺されたのは七年戦争でプロイセンに味方するなどロシアの空気を読まずにプロイセン風の政策を導入したから
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